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気まぐれ系読書ブログ

読書記録『僕の妻は発達障害』


※2022/04/19現在既刊①〜③

完結していない漫画を紹介することにはさんざん悩んだのだが、この作品は絶対外せないと思い再読。改めて4巻はまだかとググったらまさかのドラマ化決定で驚いた(なお4巻は2022/06/09発売予定とのこと)。主演はももいろクローバーZ百田夏菜子氏。

漫画家のアシスタント北山悟は妻の知花、そして猫2匹とともに都内に暮らしている。社会人サークルで知花と出会った悟は、彼女の独特な感性に惹かれやがて交際→結婚に至る。しかしふたりの私生活は些細なことですれ違う。知花は忘れ物が多く、よく喋り、話がころころ変わる。結婚当初はよく喧嘩ばかりしていた。
悟は「妻はちょっと変わっているだけ」だと思っていた。しかしある日知花が「発達障害」の診断を受ける。それまで彼女の個性だと思っていたものに名前がついた。それでも一緒に生きていく日々はトラブルばかり。つまずくことは多いが、知花の苦労・努力を理解しようとするたび、悟自身も彼女に影響され成長していく。2020年より『月刊コミックバンチ』にて連載中。※なお私は連載を追いかけていないのでこのエントリは第3巻終了時点のものである。

 

少し脱線しよう。私の幼少期の話である。あまりに球技が苦手だった私を見かねた父親が訓練用にボールを買ってきた。しかし私は練習してもうまくいかず、早々にやめてしまった。スポーツテストでは小学生の平均を大きく下回り、自分が普通ではない(普通とは何か? というのも本作の大きなテーマである)のだとはっきり理解した最初の経験だったように思う。子供の頃は身体が弱かったこともあり、他の種目でも地を這うような低得点の連続。父親に非力な昆虫呼ばわりされた屈辱は今も忘れていない。
ようやく好転したのは高校生のころである。もともとアスリート向きの体格だった私は病気が治るなり各数値が鰻登り。もちろんボール投げは病気とは関係ないため苦手だったが、歳を重ねたことが幸いしたのか平均より少し低いレベルには到達していた。そのまま人生薔薇色……とはさすがにならなかったものの、運動面だけでもまともになったのはよかったように思う。なお私は「発達障害」(ここではADHD)の診断を受けたわけではない。極めてその傾向は強いが(もちろん運動だけの話ではない)、生活に困難を抱えるレベルとは判断されないだろうとカウンセラーの知人に言われているためだ。

 

閑話休題。本題に戻ると、まず『僕の妻は発達障害』の作中では具体的に知花がどの「発達障害」のカテゴリなのかは語られていない。なんとなく推測のつくところはあるが、作中で触れられていないことを憶測で書くのは憚られるためここでも「発達障害」と括って書いていく。*1
近年の日本において「発達障害」は認知され始めているが、それでも偏見は根強い。「なんでもかんでも障害ってつければいいだけだと思っている」という無骨な根性論もあれば、「発達障害の人って単純作業が得意なんだよね」という単純化した特性語りもある。本作は天真爛漫な知花と穏やかな悟の生活を読んでいるだけでも楽しいのだが、ふたりのすれ違いのシーンから多くの学びも得ることができる。「発達障害」の特性もそうだが、当事者がどんな気持ちでいるのか、傍にいる人はどう思うのか、ふたりはどのように乗り越えていくのか、これらを気にして読んでいる人も多いはずである。もちろんこれは「発達障害」当事者に限らない。悟は家事に疲弊する知花の行動を観察していくうちに、家庭内の家事分担が知花に偏っていることに気付く。これはどのような夫婦にも当てはまることではないだろうか。
また胸にぐいぐい突き刺さってくる台詞も見逃せない。知花の家事負担に気づいた悟は分担を申し出て断られてしまう。その理由を知花は、

「仕事できなくて家事もできなかったら私なんの価値もない」
(第1巻より。話数は伏せる)

と語る。自分の存在に悩む人の心をここまで的確に表した台詞があるだろうか。職場でミスばかりして自己肯定感の下がってしまった人、却って男性の多くに突き刺さる台詞だと思われる。
また「発達障害」の診断を受けた直後の台詞も印象的である。

「なんだか、ほっとしたの。ずっとなんか変だな、何が違ったのかな、私は人より怠け者なのかな? って思ってた。自分ってなんなんだろうって思ってた」※句読点は私がつけたもの
(第2巻より。話数は伏せる)

カウンセラー数人と「発達障害」について話したことがあるが、診断を受けた人にそう答える人も多いという。もちろん受け取り方はその人次第である。

そして私が特に気になったのが知花が「発達障害」の診断を受けたことをある人に告げるところ。

「知花は天才なのね? ピカソもジョブスも坂本龍馬もそうだったらしいじゃない。あなたにもきっと何かあるから、私たち応援してる!」※句読点は私がつけたもの
(第3巻より。話数は伏せる)

"disorder"を障害と訳して「発達障害」。これにはいろいろな議論がある。そもそも「発達障害」はすべてマイナスではない。喋りがうまかったり、突破力があるために政治家になったり起業して大成功している人もいる。非常に勉強ができたり、人柄の良さから職場の雰囲気をよくしている人もいる。しかしそれでも全員ではない。特に前者の成功者は一握りに過ぎず、「発達障害」であることを明かしているモデルの栗原類氏は「発達障害=天才」のような語られ方が当事者を苦しめる可能性を指摘している。

wpb.shueisha.co.jp(※2022/04/19取得)

難しい問題だが、実際そうだろう。このやりとりを知花はどう取ったかわからないが笑顔を見せている。この台詞からその人が「発達障害」について理解しようとしたことがわかるからというのもあるだろうか。

まだ完結していないため、内容の紹介に困る部分もあるが、自身が「発達障害」ではないかと悩んでいる人やその当事者でなくても間違いなく楽しめる話となっている。ドラマも気になるがまずは先に続編を読みたい……と、最後に自分の願望を書いておく。

 


なお「発達障害」を描いた作品は数多い。

沖田×華著『毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で (本当にあった笑える話)』

さまざまな漫画を書いている沖田×華(おきたばっか)氏だが、「発達障害」当事者として自身の経験を書いた漫画はとても話題になった。

『Hank Zipzer: The Life of Me (Enter at Your Own Risk)』

こちらはNHKで放送されたドラマ「ハンク ちょっと特別なボクの日常」の書籍(※英語のため注意)。ディスレクシアの日本での認知度は未だに低い。

*1:そもそも「発達障害」と一口で言っても個人の個性の範囲と判断すべき部分も多い。「発達障害」それぞれのタイプについてもかなりのグラデーションがあり、正確にカテゴライズすること自体に無理がある。もちろんASD(自閉症スペクトラム)とADHD(注意欠陥・多動性障害)の併存のように決して珍しくない組み合わせもある。なお同じ生きづらさを抱えている人に見つけやすくするため、あえて最も傾向の強いひとつの名前をタイトルに掲げている作品は多々存在する。要するにスタンスの違いであり、これらの作品を批判する意図はない。