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気まぐれ系読書ブログ

読書記録『死体は今日も泣いている 日本の「死因」はウソだらけ』

 

2014.12 光文社新書

 

日本で見つかる異状死体の多くが解剖に回されないーー。
現職の法医学者・解剖医である著者が、その職務内容の解説とともに日本の解剖制度の問題点を指摘する。

第1章「検死はこうして行われる」
1−1 法医学者は何を見ているのか
1−2 死体が教えてくれること
1−3 あっさり下された「病死」診断が招いた連続殺人――首都圏連続不審死・婚活詐欺(木嶋佳苗)事件
第2章「死因は誰が決めるのか」
2−1 「検死」と「検視」はどう違う?
2−2 1枚の書類が死因を変える
第3章「あぶなすぎる検視・検死の現状
3−1 「とりあえず心不全にしてしまえ」
――21人の死者を生んだパロマガス湯沸かし器事件
3−2 CTだけでは出血源を判断できず、外傷を見逃す――肝臓がん破裂の「病死」にされた男性
3−3 アザだらけの遺体は、「通常の稽古で亡くなった」もの?――時津風部屋力士暴行死事件
第4章「先進諸国があきれる日本の死因究明制度」
4−1 日本の死因究明システムは“ガラパゴス
4−2「先進諸国はこんなにすごい」
第5章「情報開示と遺族感情をめぐる課題」
5−1 死者の尊厳と遺族の気持ちの問題
5−2 犯罪や冤罪の見逃しの問題
5−3 被災地での身元確認、そして――

(出版社HPの本書のページより ※1−3の「木嶋佳苗」はHPでは「木嶋香苗」。誤字か。 2022/05/28)

第1章「検死はこうして行われる」では実際に遺体の解剖からわかることをひとつひとつ解説している。あらかじめ法医学者の仕事は死体の解剖だけではなく「判明したことを、社会に活かすことにある」と明言しつつ、殺人事件があっさり病死として扱われた実際の事件を取り上げて検死の必要性を説いている。
第2章「死因は誰が決めるのか」では法医(実際には臨床医が多い)が行う「検死」、検察官(実際には警察官が多い)が行う「検視」の違いを解説し、その規則(ルール)の問題点を指摘する。続く第3章「あぶなすぎる検視・検死の現状」では実際に起こってしまった杜撰な検視(が引き起こした)問題を紹介している。
第4章「先進諸国があきれる日本の死因究明制度」では日本と先進諸国の死因究明制度の違いを見ていく。本章の後半は外国の制度事例の紹介となっているが、前半は日本の死因究明制度の問題点をメインに扱っている。法医学者の待遇の悪さ、解剖率の地域格差、まったく根付かなかった監察医制度など、挙げられる問題の根深さがよくわかる内容となっている。
第5章「情報開示と遺族感情をめぐる課題」ではこれまでの章を受けて著者が考える解剖制度の在り方を紹介している。なお本章でも実際に起こった死因究明にまつわる問題を取り上げているが、ここでは「遺族から見た死因究明」など、これまでとは別の視点から見るアプローチが中心となっている。

 

警察に届け出のある死体のうち、その多くが解剖に回されない。*1たびたびニュースで話題に挙がるものの、その本質的な理解は一般になされていない現状がある。本書はそれらの問題を真正面から取り扱っており、実際に社会の注目を集めた事件(「パロマガス湯沸かし器事件」や「木嶋佳苗事件」)を題材に具体的に解説することに成功している。日本の死因究明制度にまつわるなんとも「日本的な」問題点もきれいにまとまっており、その根深さには溜め息が漏れてしまう。

 

科学捜査にまつわる本を読んでいると、あまりの科学の発展に「もう犯罪をおかして捕まらずに逃げ切れる犯人なんてほとんどいなくなるんじゃないか?」と思ったりする。しかし翻って法医学者の本には日本の死因究明制度の遅れがこれでもかというほど積み上げられていおり、暗澹たる気持ちになる。まして解剖率の低い地域に住んでいると冷や汗ものでもある。
科学の進歩は犯罪捜査や死因究明の記述レベルを押し上げ、将来的に「現代を舞台にした推理小説」は書かれなくなるものだと思っていた。しかし本書を読み終えた今では「そんな日は自分が死ぬまで訪れないだろう」が本音である。日本の刑事ドラマの舞台が警視庁や京都府警ばかりなのは解剖率の低い地方ではドラマが作りづらいからなのだろうか(おそらくたまたまだろう)。アメリカのドラマでは法人類学者や法昆虫学者が犯罪解決に協力しているが、日本では遺体の解剖を専門とする医師すら不足している。その上日本の警察がいかに激務かは今更指摘するまでもないだろう。これからの日本の犯罪捜査はどうなっていくのだろう。
なにもフィクションに限った話ではない。家族が保険金殺人に遭ったのにろくに調べられずに病死扱いされてはたまらないし、自分が被害者になったら死んでも死にきれない。この世に幽霊が存在するのだとすれば私だって化けて出るだろう。

 

なお本章刊行に関する著者のインタビュー記事がこちら。

synodos.jp

善意ある解剖医たちの献身に頭が下がるばかりである。代案も出さずに「法医学現場に予算を出せ」と言うことは素人でもできることは承知している。しかし一部とはいえ、人の人生を大きく歪める問題に直結する分野である。もう少し世間に知られて議論されてもいいように思われた。

 

『虫から死亡推定時刻はわかるのか?―法昆虫学の話』
三枝聖著
本書で「アメリカには法昆虫学者すらいる」と書かれていて思い出したのがこちら。昆虫を調べてこんなことがわかるのかと驚いたものだった。最近視聴し出したアメリカの刑事ドラマ「BONES」のジャック・ホッジンズ博士の存在がすんなり入ってきたのも本書を読んでいたおかげ。

*1:本書「はじめに」では警察に届け出のある死者は年間17万人以上。そのうち解剖に回るのは2万人以下とある。データは毎年変わるためここでは具体的な数字を控えたが、関連書籍やオンライン新聞を読むと近年の日本の解剖率はおおむね1割程度と変わっていないようだ。残念ながら本書で著者が用いている統計のほとんどは現在でも有効と言えそうだ。