アイスブレイカー

気まぐれ系読書ブログ

読書記録『公共図書館を育てる』

 

21世紀に入り、日本のそこここで新時代を思わせる運営・施設を伴った図書館が誕生し始めた。しかし長く続く経済成長の停滞、公共財政の逼迫により全国的に図書館予算は減少している。特に2012年を境にして日本の図書館サービスは大きく落ち込みを始めた。また急成長するデジタル技術への対応、新型コロナウィルス流行による対人サービスの在り方の変化など、図書館界を取り巻く問題は山積している。このような情勢の中で公共図書館はどうあるべきなのか。「未来の図書館研究所」所長の著者が綴った「これからの図書館」についての論考集。

まえがき
第1章「未来の図書館のエコシステム」
第2章「これからの公共図書館を考えるために」
第3章「日本の公共図書館をどう育てるか――システム規模を考える」
第4章「図書館とコミュニティ――イギリス公共図書館の展開」
第5章「図書館での技術動向・予測――「ホライズン・レポート図書館版」」
第6章「未来の図書館に関する提言」
第7章「オーフス公共図書館からヘルシンキ市新中央図書館へ――公共図書館の新しい表情」
資料「図書館のインパクト評価の方法と手順 ISO 16439:2014」
あとがき
※出版社の本書のページより。

本書は著者の数年来の執筆文を集めたものである。そのため(著者も述べているが)「未来の図書館を考える」という視点は通底する一方、内容が行ったり来たりするバランスの悪さが目立つ。海外事例を紹介・訪問する記事もあれば、日本で著者らが開いたシンポジウムの登壇者たちの講演内容を記した章もある。そういう意味では「いいとこ取り」と言えないこともない。ここでは逐条的に振り返ることはしないが、個人的に特に関心をもった部分だけ紹介したいと思う。

第1章「未来の図書館のエコシステム」ではエンジニアリング・コンサルタントとして世界的に有名なアラップ社の調査レポート「未来の図書館」を材料にこれからの図書館を考えていく。このレポートで示された「未来の図書館のエコシステム」とは、2015年3月にロンドン、メルボルン、サンフランシスコ、シドニーで行われたワークショップ等を受けて描かれた図書館像である。筆者は本レポートを要約して紹介しつつ、これからの図書館の課題や問題点を炙り出している。
第2章「これからの公共図書館を考えるために」では参考になる海外の先進図書館事例が紹介される。映画も話題となった法人運営のニューヨーク公共図書館、図書館職員がいない時間も開館するデンマークのオープンライブラリーなどがそうだが、いずれも公共財政逼迫の世でも運営可能な形態、あるいはその時代に合わせて生み出された事例と言える。
第3章「日本の公共図書館をどう育てるか――システム規模を考える」では日本の公共図書館の現状を海外と比較しながら見ていく。日本の図書館利用登録率の低さとそのデータの曖昧さの指摘から入り、今後の日本の図書館の在り方を考察する。
先進国のなかで日本は長く図書館後進国と言われてきたが、いざ数字を比較されると溜め息が漏れそうである。
第5章「図書館での技術動向・予測――「ホライズン・レポート図書館版」」では図書館を魅力的にする新技術の動向を把握するために「ホライズン・レポート図書館版」を紹介している。「ホライズン・レポート」はニューメディア・コンソーシアムが2004年より教育・研究活動に影響を与える技術を紹介しているものである。この「ホライズン」の名前の意味は「今後1年以内」、「今後2年から3年のうち」といった視程(「見通し」と言ってもいいかもしれない)を設定しているところにある。このスパンにおいて科学技術の採用を加速する動き、妨げる課題などが紹介される非常に興味深いものである。

www.code.ouj.ac.jp

第6章「未来の図書館に関する提言」は著者が所長を務める「未来の図書館研究所」が毎年実施しているシンポジウムにおいて、講演&ディスカッションに登壇した3人の図書館関係者の話をまとめたものである。2016年の第1回「図書館のゆくえ――今をとらえ、未来につなげる」には株式会社カーリルの吉本龍司氏、2017年の第2回「図書館とソーシャルイノベーション」には全国の図書館をコーディネートしている「図書館と地域をむすぶ協議会」チーフディレクターの太田剛氏、2018年の第3回「図書館とサステナビリティ」には岩手県紫波町のオガールで知られる岡崎正信氏がそれぞれ登壇しており、いずれの内容も非常に示唆的なものとなっている。
講演の要約を3つ含めたこともあり、本章は本書のおよそ3分の1のページを占めている。他の章と毛色が違って感じるのは実際に現代の日本で行われた先進事例の当事者たちの報告というスタイルゆえか。この3人の講演録だけで1冊作っても読みたいと思わせる本書の肝だと思われた。


第5章「図書館での技術動向・予測」、第6章「未来の図書館に関する提言」は特に読ませるものがあった。前者(第5章)はこれからの図書館を予想させるような技術レポートであるし、このレポートの存在を紹介するだけで価値があると思われた。後者は言うまでもないだろう。全国の図書館蔵書を検索できるサービス「カーリル」の代表・吉本氏の視点・構想は本職の図書館職員たちの書く(話す)それとはひと味もふた味も違っている。カーリル立ち上げの裏話も興味深いものがあった。「図書館と地域をむすぶ協議会」の太田氏の講演はまちづくりに対して大きな気付きを与えてくれる。図書館を主語にして語らず、地域を巻き込んだ図書館の在り方を模索する姿勢は多くの図書館が学ぶべきではないだろうか。少し話が逸れるが、これを読んでいて思い出したのが当時話題だった武雄市図書館への賛否の声だった。そんな図書館もありなのかと引いて見ていた私だが、ある元県知事の「そういう図書館もあってもいいが、東京に納税する大企業をわざわざ地域に招いて商売させる必要はあるのか?」という声に膝を打ったのを思い出す。地方の図書館の図書を東京の企業から取り寄せていたのではもったいない。
紫波町のオガールも図書館に限らず今後の日本を考える上で注目すべき事例だろう。その中心にいる岡崎氏の講演ということで、要約だけでなく現地で講演を拝聴したかったと思った次第である。

 

ところで青弓社も昔からよく読んでいる出版社のひとつである。青弓社の関係本と言えばやはり岡本真氏の『未来の図書館はじめませんか?』を抜きにして語れない。

岡本真著『未来の図書館、はじめませんか?』

もう出版からずいぶん経ったが、こちらも「未来の図書館像」を扱った似た趣旨の本であり、今も色褪せない内容と言えるだろう。

 

また本書にも言及のあった猪谷千香氏の『町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト』も触れておきたい。

猪谷千香『町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト』

一時期まちづくり分野で知られる木下斉さんの本に凝っていたことがあり、その時知った1冊である。岡崎氏の講演をさらに押し広げて見る内容となっており、こちらもおすすめしたい。