アイスブレイカー

気まぐれ系読書ブログ

読書記録『マイ・シスター、シリアルキラー』

 

ナイジェリアの大都市ラゴスに住む看護師コレデに一本の電話が入る。電話の主は妹アヨオラ。彼女は人を殺してしまっていた。
被害者はアヨオラの恋人・フェミ。喧嘩の末にアヨオラがナイフで刺殺してしまったのだという。現場に駆けつけたコレデは、妹のため血を拭き取り死体の遺棄を試みる。コレデはアヨオラが人を殺してしまったことに動揺こそしているものの、どちらかと言えばうんざりしていた。なぜならアヨオラが自分の恋人を殺してしまったのはこれが3度目だからだ。

同じ親から生まれながら妹のアヨオラは男たちを惹きつけてやまない美貌の持ち主である。一方のコレデは自身のルックスにコンプレックスを抱いており、恋心を抱いている医師のタデとも一切の進展がない日々だった。しかしフェミの殺害隠蔽に加担したことで彼女の生活は一変してしまう。フェミの親族はだんだんと恋人だったアヨオラに疑惑の目を向け始め、警察の捜査は姉のコレデにも及ぶ。そしてアヨオラがコレデの病院に顔を出すようになり、コレデが恐れていた事態が起こる。コレデは恋に前向きになれなくても、タデとほんのささいなことで手が触れたり、そばで声が聞けるということだけで幸せを感じていた。しかしタデはその他大勢の男たちと同様にアヨオラに一目惚れ。アヨオラも乗り気となってついにふたりは交際を始めてしまう。このままではタデも殺害されてしまうのでは? コレデは傷心を紛らわしながらふたりの行末を見守るのだった。

アヨオラは恋多き女で、他にも男の影が見え隠れする。タデもそのことに気づいているのだが、どうしてもアヨオラを諦める気持ちにはならないらしい。「アヨオラと付き合うのはやめた方がいい」とコレデは言うが、彼女の言うことにタデは取り合わない。そうなのだ。いつだって周囲は美女のアヨオラの味方ばかり。彼女の犯罪の片棒を担がされながら、どうして自分は黙って我慢しなければならないのか。彼のことが心配なのに本当のことが告げられない。そして言えたとしても信じてはもらえない。仲睦まじい恋人同士のふたりを見続けるあまり、コレデは心身に胚胎する鬱屈した感情に半狂乱となってしまう。
彼女のたったひとつの癒やしは昏睡状態の患者・大学教授のムフタールに話しかけること。彼のことは何も知らないのに、彼にだけは本心を打ち明けられるのだった。
やがてさらなる事件が起こり、コレデは次なる試練へと導かれる。一連の事件はどう収束を見せるというのだろうか……?

 

ナイジェリアは人口2億人ほどのアフリカの国である。きちんとした統計が手元にないので具体的な数字は書かないが、殺人事件の人口割の発生数は世界の国々で見ても平均より上の方である。アヨオラが過去2回逃げ切っているあたり、日本やアメリカが舞台の刑事ドラマ・小説のように最先端の科学的手法で捜査が進められている国ではなさそうだ。ナイジェリアという日本人にとってあまり馴染みのない国が舞台というのも注目点のひとつか。
犯人側(というか隠蔽幇助)の視点ということで倒叙ミステリのような楽しみ方をするサスペンスと思いきやそうでもない。確かにサスペンスの範疇には数えられるだろうが、超絶トリックを弄しているわけではないし、刑事とのやりとり・駆け引きもシーンとして多くはないからだ。
ナラティブは穏やかで雰囲気もユーモラスなのだが、理不尽な理由で自分を受け入れてもらえない人間の歯痒さを描く手腕が見事だった。またアヨオラとコレデの奇妙な関係は先行きが見通せず、読者の不安を煽ってくる(そこに無理やり心理学的な名前をつけて批判する人もいるようだが、作品を陳腐にしてしまうだけだろう)。時折挿入される彼女らの過去のエピソードはどこに行き着くのだろうか?


アフリカの文学と聞くとついつい経済格差や人種差別という重厚なテーマを求めてしまいがち。しかし描かれている内容は特殊な事情を抱えて悩むコレデの姿が中心であり、そこに上記のようなわかりやすくポリティカルな題材は介在していない。あえて言えばルッキズムに対する諦念はこれでもかというほど書かれているが、それに対して落としどころがあるわけでもない。
話の筋は間違いなくミステリーなのだが、多くが語られないままに終わるためジャンル横断的な扱いを受けているようだ。それでも最後に明かされる秘密にはゾッとするし、コレデの国境を越えて世界の人々に共感を呼びそうな葛藤の数々にも惹き込まれるものを感じる。推理小説なのだが推理小説っぽくない。そこに間口の広さがあることもまた事実である。ページ数も長編というには少ない部類であるし、推理小説が苦手という人にも気軽に楽しんでもらいたいと思う。