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気まぐれ系読書ブログ

読書記録『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』

 

2018年に発売されたミステリ短編集『アリバイ崩し承ります』の続編。若き時計屋店主・美谷時乃を探偵役としたアリバイ崩し特化型の安楽椅子探偵ものであり、第1作は2019年の本格ミステリ・ベスト10で国内編1位を獲得している。また2020年には浜辺美波主演にて連続ドラマ化。基本的に前作のエピソードを扱っているが、最終話原作「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」のみこちらの第2弾収録となっている。

表紙のかわいらしい少女のイラストに「○○ます」という丁寧調のサブタイトル。一見すると恋愛を主軸としたライト文芸シリーズのようだが、中身はゴリゴリの本格ミステリである。前作『アリバイ崩し承ります』は「論理の遊び」とも言われる「安楽椅子探偵もの」の要素を極限まで純化したような作品だった。主役のキャラクター性はほとんど描かれず、犯人当て要素(つまり犯人が誰かを言い当てるパズル性)もほぼ皆無。それでいて扱う事件の大半は殺人事件と本格的であり、短くまとまった文章のなかでひたすらにアリバイ崩しだけを楽しむことができた。しかも主役の時乃も語り手の「僕」も穏やかに描かれ、事件の悲惨さも大きくクローズアップはされないために読みやすさも抜群である。社会派の内容を好む人でなければ間違いなくミステリ初心者におすすめできる作品と言えよう。第2弾となる本作も基本的には前作と同じようなスタンスだが、今回からは複数の犯人が提示されるなど「犯人当て」要素のある作品も複数収録されている。また前作終盤でようやく進展を見せそうになった主役の「僕」と時乃の関係も、ささやかながら描かれるようになった。
なお収録短編5作は以下の通り。

 

・「時計屋探偵と沈める車のアリバイ」
ダム湖に沈められた高級車。捜査一課は殺人の可能性を考慮して捜査を開始する。しかし被害者の死亡推定時刻、最有力容疑者(被疑者)には友人宅で麻雀をしていたという動かしがたいアリバイがあった。
シンプルにまとまっていて手軽に楽しめる。個人的には作中1番好きだったりする。

・「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」
ドラマ「アリバイ崩し承ります」の最終回を飾ったエピソード。焼死体(正しくは焼損死体)で発見された議員秘書。その最大の容疑者は500人の参加者を集めた政治資金パーティーを開催していた。
ドラマを先に見てしまったのが失敗と思いきや、意外に忘れていて楽しめた。

・「時計屋探偵と一族のアリバイ」
殺害された資産家。容疑者は被害者の姪・甥の3人。誰かひとりでもアリバイが崩せれば犯人がわかるのだが……。
シリーズを順番に読んでくるとその異色さが際立つ作品と言える。

・「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」
第75回日本推理作家協会賞短編部門受賞作。女性を殺害したと思われる容疑者のアリバイが崩せない。しかも容疑者は数時間差で別の場所で発生した殺人事件でも取り調べを受けていた。
すぐにトリックには思い至るのだが、完全な真相までは近づけさせてもらえない。細かな手がかりを繋ぎ合わせて真相を解き明かす時乃の推理は現状シリーズで1番かもしれない。

・「時計屋探偵と夏休みのアリバイ」
時乃の高校時代のエピソード。美術部で起こった破壊事件の真相とは?
時乃の人間関係が描かれるなど雰囲気が大きく違って感じられる。殺人事件ではないが、ただのアリバイ崩しと思うなかれ。


著者は以前密室事件に特化した短編集も書いている。

だが「密室もの」は掘り尽くされた鉱脈と称されるジャンルであり、本作も大きな評価を得ることができなかった。しかし出色の出来とされる「少年と少女の密室」、「密室動機学講義」が展開される「理由ありの密室」、ユニーク過ぎる探偵役の正体など、『アリバイ崩し承ります』に繋がる著者の気概の感じられる挑戦的な作品でもあった。
ただ「アリバイ崩しもの」も「密室もの」とほとんど変わらないレベルのレッドオーシャンである。平成の終わりにここまで面白いアリバイ崩しもの短編集が読めるなど誰が想像しただろう。いや、した人もいたのかもしれないが、私にとっては本シリーズの登場はなかなかの衝撃であった。キャラミス(キャラクターミステリ)全盛の時代に美貌(?)の名探偵がほとんどフューチャーされないのも好印象である。*1
ネットの評判を見る限り本作『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』は前作よりも評価が高いようだ。個人的には収録編数の差もあって甲乙をつけがたいのだが、一編一編の出来としてはやや本作優位の印象である。2作連続の本ミスベスト10国内編制覇は難しいだろうが、果たして……。

 

浜辺美波主演のドラマ版。
大ヒットミステリ『屍人荘の殺人』の剣崎比留子に引き続き売れっ子若手俳優浜辺美波が探偵役を務める。ドラマ化に際してオリジナルキャラクターが何人も登場しているが、一番の注目は作中掘り下げられていなかった美谷時乃の描かれ方だろう。第1話冒頭でご機嫌に「コ〜ロケ♪ コ〜ロケ♪」と口ずさむ浜辺美波はなかなかの衝撃であった。もちろん原作とは別物だと理解しているし、ドラマ化する際の変更点として決して間違ってはいないと思われる。しかし映像化の影響力というのはあるもので、本作を読んでいると各短編の冒頭で「僕」が事件を語り出すたびに脳内に浜辺美波の姿とドラマのオープニングテーマが流れた。

*1:もちろんキャラミスがダメというわけではない。