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気まぐれ系読書ブログ

読書記録『政策起業家 「普通のあなた」が社会のルールを変える方法』

 

2022.1 ちくま新書

 

久しぶりの更新となってしまった。何を隠そう中途半端な時期に転職していきなり職場の多忙期にぶち当たってしまっていた。それゆえなかなか本を手に取ることができなかったのだが……まあ今はそんな話は関係ない。

病児保育で知られる認定NPO法人フローレンスの代表・駒崎弘樹氏の著作。個人的にここ数年子育て政策に注目しているため、著者のSNSはそれぞれフォローして追いかけていた。

florence.or.jp

 

それゆえ本書の発売を知ったのだが、ほぼ同時期に発表された「(本書を)100冊購入してくれたら著者が無料で講演する」というキャンペーン(※既に終了)には驚かされた。100冊と言っても新書である。これだけの大物を呼べるのではあれば破格の値段と言えるだろう。

さて本題。

本書のタイトルである「政策起業家」とはなにか。本書プロローグにおける評論家・船橋洋一氏の言葉を引用しよう。

「官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、公のための課題意識のもと、専門性・現場知・新しい視点を持って課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響力を与える個人のことを『政策起業家』と呼びます」

本書はNPOの経営者として社会のルール変更に幾度となく関わってきた著者が、その問題意識と変革の経緯についてひとつひとつ章立てて語っていく構成となっている。物語調の文章の上に難しい用語には注釈が付いているため、読み進めることへのハードルは非常に低い。そして扱われているテーマがいずれも多くの日本人に身近なものとなっており、必然的に「あのルール(法律)はこの人たちが変えたのか! こういう経緯があったのか!」と驚かされることになる。冒険小説も顔負けのダイナミズムは読み物としてだけ見ても秀逸である。また「普通の人」が社会を変える実話というものは、社会の閉塞感に四苦八苦する人々に大きな勇気を与えてくれる。世のなかを変える方法は選挙の投票に限らないのだ。

 

目次

第1章 小麦粉ヒーローと官僚が教えてくれた、政策は変えられる、ということ

第2章 「おうち」を保育園にできないか?小規模認可保育所を巡る闘い

第3章 「存在しない」ことになっている医療的ケア児たちを、社会で抱きしめよ

第4章 如何に「提言」を変革へと繋げるか

第5章 社会の「意識」を変えろ イクメンプロジェクトと男性育休義務化

第6章 「保育園落ちた 日本死ね!!!」SNSから国会へ声を届かせる方法

第7章 政策ができて終わりじゃない?「こども宅食」の挑戦

第8章 1人の母が社会を変えた 多胎児家庭を救え

筑摩書房HP 本書のページより)

 

第1章「小麦粉ヒーローと官僚が教えてくれた、政策は変えられる、ということ」では若かりし頃の著者が、当時住んでいた区の市民委員として政策のあり方に影響を与えた経験から話が始まる。その後国の社会保障にまつわる有識者会議でのエピソードが挿入され、次章へと進んでいく。

第2章「「おうち」を保育園にできないか?小規模認可保育所を巡る闘い」では、子どもが保育園に落ちて職場復帰できないという社員の声を聞き、待機児童問題解決へ一石を投じていく話である。保育園開設には定員20人以上というルールがあったのだが、その定員問題を撤廃して保育園を新設しやすくするため著者らが動いていく。待機児童問題は一時期非常に問題になったが、解決のためにここまで苦労してくれた人たちがいることに頭が下がるばかりである。

第3章「「存在しない」ことになっている医療的ケア児たちを、社会で抱きしめよ」では痰吸引など医療的ケアが必要な子どもたちの居場所を作る戦いが繰り広げられる。どこの保育園にも預かってもらえない医療的ケア児たちを受け入れる障害児保育園設立までの流れは前章同様波乱万丈。本書には法律を変えるために政治家らと協力する話が多く含まれるのだが、医療的ケア児支援法成立の流れで野田聖子議員が熱弁を振るうシーンには特に胸を打たれた。

第4章「如何に「提言」を変革へと繋げるか」では、児童扶養手当の増額や保育士試験の年2回実施実現への動きを見ていく。児童扶養手当増額の流れではインターネット署名が行われているが、それに対する炎上騒ぎを逆手に取って注目を集める著者の強靭なメンタルに驚かされる。

第5章「社会の「意識」を変えろ イクメンプロジェクトと男性育休義務化」は昨今話題の育児介護休業法改正とも繋がる話である。男性の家事育児参画のために国が展開したイクメンプロジェクト。わかりやすさ重視で採用された「イクメン」という言葉が世間に広がっていくが、それだけでは男性育休は増えていかない。ここであえて「男性育休義務化」というパワーワードを打ち出すことでは、著者らは本気で男性育休取得率上昇に向けて動いていく。2021年度の男性育休取得率は過去最高とはいえ13.97%。これだけの関係者の奮闘も虚しくまだまだ低水準にある。このトピックは現在進行系で進んでいるテーマのため、今後の展開に期待したい。

第6章「「保育園落ちた 日本死ね!!!」SNSから国会へ声を届かせる方法」では2016年に話題をさらい、流行語大賞にまでランクインしたブログ記事を巡るやりとりである。待機児童問題を解決するために、本ブログ記事に対して著者が書いた「アンサーソング(記事)」が的確に現状を捉えていて見事である。

第7章「政策ができて終わりじゃない?「こども宅食」の挑戦」ではこども宅食の実施に触れている。こども食堂を開設して好評を得たものの、「本当に必要な親子には来てもらえない」ことに気づいた著者。待っていては支援に繋がらないため、こちらから打って出ようと「こども宅食」を立ち上げる。「困っている家庭ほど、地域に出ていけない」という支援者のジレンマへの指摘は、身につまされる思いがした。

第8章「1人の母が社会を変えた 多胎児家庭を救え」では、絶対数の少なさから注目を浴びることのなかった多胎児育児の難しさがテーマとなる。都バスで双子ベビーカーを使っての乗車を断られた女性の経験を聞き、ルールを変えるためにひとりの女性が奔走する。著者ではない他の人間が動いて社会を変える話は、本書の副題に見事に適合した章と言える。

 

本当に大きなお世話だと思うのだが、何度か選挙に行かない(私の世代から見た)若者に「なぜ投票に行かないのか?」と聞いたことがある。返ってくる返事はいつも同じである。

「自分ひとり投票しても変わらないから」

確かに一票程度ではいけ好かない政治家ひとり落とせないし、未来を託したいと思える立候補者ひとり檜舞台に上げてやれない。それでも若者の投票率が上がれば少しは政治家たちも我々の世代に向けた政策を打ち出してくれるはずである……。

そう返していた。しかし心のどこかでは私も思っていた。投票所に行くたびに「今回も死に票を投じにきたな」と。門をくぐるたび暗澹たる気持ちが去来するほどわれわれ若い世代の思い描く未来は悲惨なのだ。

しかし本書を読んだことで少しだけ心が軽くなった。「男は外で働き、女は家を守る」という旧套に今どれだけの人が賛同するか。誰も守ろうとしていなくても伝統は引き継がれていく。「子どもを守るのは母親の役目」? 子育ては夫婦がどれだけ力を尽くしてもうまくいかないことばかりだ。それをひとりの女性に押し付けるなんてどう考えても間違っている。そのことに弱音を吐けば「自分で産んだんだから責任を持つのは当たり前だろ!」と空虚な正論が飛んでくる。おたくの子どもは誰が育てたのか? と聞いてみたくなる。しかし個人でどうあがいてもこの腐った世のなかは変わらない。

そんな暗黒の世界に一筋の光が差し込んでいた。子どもと子どもを育てる親を助けるために社会のルールが変わっていたのだ。政治家でもない普通の人たちの「足掻き」によって。どんなに動かし難いクソくらえなルールも、声をあげた人たちの力で少しずつ変わっていっている。

もちろん駒崎氏らの変えてきたルールだけでは子どもとその親世代の生きやすい世界を作るのにまだ不充分だろう。いずれも偉業と呼びたくなるような本書紹介の事例だが、どれもまだ一里塚に過ぎないのだ。

でもまだ諦める必要はないと教えてくれた。ほんの少しのことでいい。社会を変えるための手段はいくらでも残されている。閉塞的で陰鬱な社会のルールを打ち破りたいと思っている人にとって、本書を読むことは絶対に無駄にはならないはずだ。

 

最後に余談。巻末に政策起業家リストが掲載されているのだが、それに合わせてここで紹介したいのが元フローレンスで『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ! ママの社会進出と家族の幸せのために』の著者・前田晃平氏

tsuge-m.hatenablog.com

前田氏も政策起業家を名乗っていたが現在は内閣官僚である。YouTubeチャンネル「ソーシャルレンズラジオ」では本書に関する内容も数多く配信している。こちらもぜひ視聴してほしい。