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気まぐれ系読書ブログ

読書記録『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ! ママの社会進出と家族の幸せのために』

 

 

病児保育で知られるNPO法人フローレンスに勤める著者が、自身の育児休業経験を通して知ったこと、そして子どもが幸せに生きられる社会を実現するために考えたこと・行動したことを記したエッセイ集。OECDの統計によれば先進国中で最も父親が家事育児をしていない国が日本である。そこで「女性の社会進出の前に父親の家庭進出が必要」だと著者は説く。父親視点で見る子育ての現場という趣旨だけで充分過ぎるほど読む価値がある本だが、子どもにまつわる各種問題提起など、父親以外の属性の人にも学びになる内容が溢れている。


第一章「パパの子育ての“不都合な”真実」では著者が実際に育児休業を取り、子育てのあまりの大変さ、そしてママとの意思疎通がうまくいかなかった経験を書いている。家事育児をする上で妻といっしょにお互いのやっていることをリストアップしたという箇所があるが、子育て未経験の私はその図だけで大いに驚かされた。
そしてここから日本の父親たちがなぜ育児休業を取らないか? 日本の育児休業制度はどうなっているのかを各種統計をもとに解説していく。


第二章「“伝統的家族”の呪いが、少子化をつくりだす」では日本の女性のジェンダーギャップの解消についての話からスタートする。男女の職場におけるキャリアアップ機会の不平等をどうしていくべきなのだろうか。この問いに対し「女性が社会進出をすると少子化が進むのではないか?」という反論をもつ人もいる。しかし著者がOECD加盟24カ国の統計をまとめて作ったグラフは女性の就労率と合計特殊出生率に正の相関があることを示している。残念ながら日本では女性の就労率と合計特殊出生率に同様の関係は見られないが、これは女性のケアワークの負担が減っていないからだと指摘する。


第三章「子育ては自己責任?」
ここでは日本にはびこる「勝手に産んだんだから親なら責任持て」論争に著者が一石を投じている。ここでは最初に妊婦健診・出産にどれほどの費用がかかるのか? を著者が紹介しているのだが、表によればどこの都道府県でもかなりの費用がかかっていることがわかる(著者は出産育児一時金で一部返ってきても15万は持ち出しだったと語る)。
日本では子育て自己責任論があまりに強過ぎる。出産・育児をする親の負担を減らすべく不況の国にできることはないのか? 著者はデヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バスらの古典的名著『経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策』をもとに子育て世代を助けるべきという選択をすすめている。

 

第四章「子どもにお金をかけるまちは、人もお金もどんどん増える」では実際に家族関係支出を増やし、地域を活性化させている事例として兵庫県明石市の事例を紹介している。
明石市の2018年度の合計特殊出生率は1.70。全国平均の1.42よりずいぶん高い数字である。もちろん人口も税収も伸びており、ここではその立役者となった泉房穂市長にインタビューをしている。
駅前に安く子どもを預かってくれる施設があったり、1歳になるまでオムツなどの育児用品を無料で届けてくれるサービスがあったり、その手厚い子育て支援には驚くばかりである。子どもの将来を守ってくれるまちだったら喜んで税金も払いたくなる。

 

第五章「パパだから、ちょっと社会を変えてみた」は保育教育現場で起こる性犯罪防止のために著者が政治家らに働きかけた記録である。性犯罪になど決して手を染めない多くの男性保育士・教員らのことを思うととても胸が痛いが、子どもたちの被害を思うとこういう動きも必要なのかもしれないと思っている。

 

最終章「私たちの「幸せ」を考えてみる」では著者を突き動かす「幸せ」の意味を考える。なぜ大変な子育てをし、妻と家事を分担し、それらを取り巻く社会の在り方を変えていこうとするのか? 政治家にロビイングまでする人は少ないだろうが、その答えはひとりひとり違うはずである。

白状すると本作を読み終えたのはちょうど2月前である。さすがに今さらと思っていたが、いざブログを開設したら「絶対紹介すべき」と気持ちが止まらなくなってしまった。時間が空いたため少々熱量の足りない感想文となってしまったが、間違いなくいい本である。

作中でも言及があるが、本作をうまく補完する本に『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実 (光文社新書)』がある。


本書(『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ! ママの社会進出と家族の幸せのために』のこと)は非常にわかりやすい文章運びとなっているが、メインは著者の経験についてのエピソードとなっており、一部データ解釈についてもう少し踏み込んだ記述を求めたくなる。しかしこの本では共通するテーマをさらなる海外統計で解説していくため理解が深まるはずである。

ところで著者はYouTubeSpotifyにてラジオ番組を作っている。その名も「ソーシャルレンズラジオ」。


www.youtube.com

 

まだコンテンツは少ないが、内容は本書で著者が語っているそれをさらに深く読み解いていくものとなっている。忙しくて本を読んでいられない人にはまずこのラジオの視聴をおすすめしたい。最初からでなくても好きな順で構わない。ただし本書の内容と完全に一緒ではないため、ラジオですべて回収されるわけではないことは忘れてはならない。

 

まちを歩けばどうして人々はこうまで子育て世代に冷たく接するのか。未就学の子どもを連れて入るだけで露骨に嫌そうな顔をするラーメン屋の店長、子育てうつになった女性の話になると「お前が産んだんやろ!」と自己責任論を振りかざす人。子育て当事者でなくても見ていて怒りしかない。前者のような店には二度と行かないし、後者もそんな連中がこれから出産→育児を経験することになったらくどくどとその認識の誤りを正していきたいと思う。
不用意にジェンダーを語れば不毛な対立を増やすだけなのでネット上では話さないようにしているが、これは子どもにかかわることである。「男が全部悪い」わけではないし、「男もつらいんだから女も我慢しろ」は筋悪である。イデオロギーの主張など放っておいて、少しでも世の中がよくなっていくよう社会のアップデートを図っていかなくてはならないだろう。