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気まぐれ系読書ブログ

読書記録『火星の歩き方』

 

アメリNASAの探査車パーシビアランスの火星着陸が話題になった2021年。この年、「もし火星旅行が可能になったら?」というIF(?)設定をもとに生まれたのが本書である。コンセプトは火星旅行のガイドブックであり、観光場所としての火星のユニークで美しい地形、そして歴代の探査機たちが降り立った「聖地」など、ふんだんな写真とともに紹介・解説が行われている。


第1章「そもそも火星はどんな星?」は火星の基礎知識編。本章では星のサイズや気候、地質などの基本的な情報の説明が行われる。宇宙に関する本が好きな人にはお馴染みの内容も多い。

第2章「気球でまわる火星一周」は「火星を気球で飛ぶことができたら」という前提で火星の興味深い地形をひとつひとつ紹介していく。ツアープランには最初に訪れるアマゾニス平原、次章で掘り下げる太陽系の最高峰級・オリンポス山、グランドキャニオンよりも深い火星の裂け目・マリネリス峡谷などが並ぶ。個人的に印象的だったのはあまりに巨大過ぎて火星の自転軸を傾けてしまったタルシス三山の箇所だろうか。

第3章「オリンポス登山」では「もし標高20000メートルを超えるオリンポス山で登山するとしたら?」という稚気に富んだ前提でそのルートを紹介する。ここではオリンポス周辺の地形に注目しており、こちらにも多くのページが割かれている。
そもそもオリンポス登山は現実的に不可能なわけだが、もし地球に同じ山があったとしてもその経路は想像を絶する。そもそも麓から山頂まで水平距離でおよそ300kmである。宇宙服を来てそんな距離は歩けないだろう。
ここで紹介されるルートはアメリカの天文学者ポール・ホッジ氏が自著で出したプランとのことだが、なんとも面白そうな著作である。

第4章「火星の極地へ」では火星の北極・南極を紹介する。水と二酸化炭素の氷が生み出す興味深い地形のほか、水の流れと見紛う砂丘の存在にも触れている。

第5章「待ちきれない人へ」では地球上で火星のような地形・環境を体験できる「火星アナログサイト」を紹介している。溶岩の爆発で生まれる火星のルートレスコーンと同様の地形が見られるアイスランド、溶岩チューブの穴を見学できるハワイ、ミニ・アマリネリス峡谷を知れるグランドキャニオン。ところどころ脱線しながらも美しい大自然の写真が掲載されていて嬉しい。

 

光文社新書の宇宙関係書となると個人的に思い出すのが春山純一著『人類はふたたび月を目指す』である。月面着陸・探査を巡る歴史の解説はもちろんだが、月の正体を探る研究者たちの熱きドラマは良質な小説を読んでいるような没入感を味わえるため個人的にかなりおすすめの本だったりする。本書はその火星版として最初から注目していた(なお溶岩チューブについては『人類は……』でも大きく取り上げられている)。
本書は一般書における火星の解説という比較的類書の少ないところがウリと言える。ガイドブックということで紹介・解説される地形もなかなかにマニアックである。しかしそれぞれの解説が非常にていねいで、再び話題にあがっても別章ならば再度解説してくれる良心設定が心憎い。このため途中から読み直しても特に不便なく読み進められるのがよかった。ポケットサイズの新書であり、この値段でカラー写真が多数掲載というのも○である。
著者が3人いるためか各章・コラムの色が大きく違い、特に宇宙を巡る倫理について展開するエピローグには胸をぐっと掴まれた人も多いだろう。まとまりがないと言われればそれまでだが、宇宙や火星の楽しみに目覚めた大人にはちょうどいい入門書となるはずである。科学ドキュメンタリー番組「解明宇宙の仕組み」なんかが好きな人にもおすすめである。


余談だが第3章で紹介されたポール・ホッジ氏の著作。気になったので調べてみたが、副題を見るに他の太陽系の山々も登っているのだろうか? 英語力に自信はないがちょっと読んでみたい気もする。